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龍河洞があるのが「逆川(さかがわ)」で、その隣が「影山」、「間(はざま)」。忍者マンガみたいだ。
それから「佐古藪」、山ん中なのになぜか「船谷」、「杉田(すいた)」。
橋の向こうは「中後入」「西後入」「大後入」、
少し行くと「橋川野」、「太郎丸」、「岩改」、川を挟んで向こうが「五百蔵(いおろい)」で、こっちが「美良布(びらふ)」。
「美良布」は道民的になじみ易い地名だ。
美良布にはアンパンマンミュージアムがあるが、一生訪れることはないだろう。
一応このあたりが、香美郡香北町の中心部で、
ここを過ぎると物部川沿いの景観は、「渓谷」っぽいふいんき(なぜか変換できない)が出てくる。
「韮生野(にろうの)」、「影ノ谷」、「朴の木」、「庄谷相」、「奴田の尾」、
それぞれ地名のゆかりを調べたら楽しそうだ。
四国はちっちゃい。
その割に山が多い。
必然的に谷が多く、渓谷の集落が多いようだ。
最近の市町村の合併ブームで、山奥の「村」がドンドン消えている。
ひと峰越えて集落がある毎にひと村ある、みたいな、道民的には不思議な感覚が楽しめなくなってきているのはちょっとつまんない。
しかし、この渓谷の感じがまた、道民的には見慣れない光景だ。
ちょっと珍しく絵を書いてみよう。
こんな感じで、すごい山奥までちらちらと民家がある。
なんでそんなところに住んでいるのかわからない。
そりゃあ平家狩りの連中だってこんなとこまで探しに来ない罠。
北海道の場合、こういう山奥の谷はいっぱいあるんだろうけど、
そこに人が住んでいることは稀だし、
こういう風に谷を挟んでわざわざ両側に道があって、山の上のほうに人が住んでいることはまずありえない。
熊しかいない。
北海道でこういう光景がみられるのは、記憶にある限りでは、僅かに、北湯沢〜大滝村のあたりぐらいじゃないだろうか。
http://map.yahoo.co.jp/pl?nl=42.37.2.368&el=141.1.41.265&la=1&fi=1&sc=4
赤平や芦別だって、谷って言ったって四国にもってくれば充分な平野だ。
そんなわけで四国の渓谷村。
もうね、四国どこ行ってもこんな感じだから。うん。
でもね、この写真撮った時点ではね、そんなことシラネーから。
うん。
「うほっいい渓谷!」なんて思って、ちょっと走っては車止めて眺め、ちょっと走っては車止めて谷を覗いて、
って感じで寄り道しまくりんぐ。
もうね。先を急いでいることとか、まったく考えてないから。
四国楽しいよ四国
物部村に入ってすぐ、いいつり橋!
車降りて探検!
たけーよ
ウフフ
こういう釣り橋ってどうやって釣ってあるんだろう
まじで両端にしか支えがない
すんげー長い鉄の棒持ってきて、立てて倒して反対側まで渡したのかなあ。
足元はもちろん透けてます。
怖そうww(・∀・)
この橋、昭和30年生まれです。
えーと、えーと、、、築50年ぐらいか。
一般的なコンクリートの寿命だね。
((((( ;・∀・))だいじょうぶかなあ
だいじょうぶだよねえ
とりあえず、ビビリながら、できるだけ正面を向いて、下を見ないようにして渡る!
橋の上は風が少し強い。
鉄製とはいえ、やっぱ吊り橋。
あるくとグラグラゆれるお(((((((((((・∀・;;;))))))))
独り吊り橋効果キタコレ! ((((((((''A``))))))))
渡った先はこんな感じ。
一体全体、誰が何のために必要として作った吊り橋なのかわかんないけども、
こんな橋でもきっと、この橋のおかげで人生変わった人とかもいるんだろう。
吊り橋かわいいよ吊り橋
さて、渡りきって少し度胸がついたので、端の真ん中ら辺まで行って景色を眺めることにする。
まず、西側、川で言うと下流方面。大栃橋が見える。なんかいい感じ(´ー`)
なんで自然の中の赤い鉄橋って、こう、絵的にしっくりはまるんだろうねえ。
画像大きいよ画像(´ー`)
みずらいかも知れんけど、このワイドビュー感を感じてくれ!
あの橋はたった今通ってきた道です。
水際のガケ、土が見えているけど、満水のときはあそこまで水が張るんだろう。
水量7割ってとこかな。
そして上流側。
向こうに見えているのは山崎橋。
渡ると「影山崎」にいける。
うはww
渡りてえwwwww
地図を見ると、
うん、ヤフーの地図だとアレだね、つながってないけどもね、手元の「昭文社中国・四国道路地図(10万分の1)」によると、車で通れる道がつながってる。
これはもうGOサインかもわからんね。
行ってみてえ
谷の反対側行ってみてえ
が、その前に、今の橋を戻らないと。
吊り橋楽しいよ吊り橋
谷沿いの道を走っていると、ときどきこんなのがある。
谷のこっち側からあっち側に物を運ぶのに使うようだ。
あるいは、ひょっとすると、谷のあっち側からこっち側に物を運ぶのに使うのかもしれん。
使いたいときは誰に許可を取ればいいのか、地元の人は自由に使っていいのか、
地元の子はつかまって「ワーーーイ」ってターザンごっことかやっぱやるのか、
バンジーとかするのか、
そこら辺も気になるところだ。
さっきの山崎橋を渡って影山崎を抜けると、わりと新しい仙頭大橋だ。
確かにでかい。
でかいわりに橋の欄干が低くてスリルあり枡。
これを渡らないと、山に分け入り、「かげむね」、「宇筒舞」を通って山奥に突撃だ。
きっと平家の末裔がいるに違いない。
家の表札に「平」って書いてあったらどうしよう。記念写真か。
「平 ○盛」って名前だったらどうしよう、もうね、サインもらうか。
平安時代から続いている人々とか、絶対家系図とかすげえの持ってそうだ。
だがしかし、今日は先を急ぐので、寄り道をして時間をつぶしている余裕などこれっぽっちもない。
このあたりから、谷は一気に険しく、深く、狭くなる。
狭い道路だから奈路。
ちなみに、今日さかのぼっている物部川は、高知県内だけを流れる川としては最長、
四国全体でも、土佐の四万十川、阿波の吉野川、愛媛山中から高知に注ぐ仁淀川に次いで4番目に長い川で、
自然が残る川として有名だそうだ。http://frvym.cool.ne.jp/monobegawa.html
ちなみに今回の旅行では、たまたまだが、この四万十、吉野、仁淀、物部全ての川に立ち寄ることになる。
奥へ、奥へ。
両側の山は、標高1300メートル級になってきた。
谷はさらに険しく、深い。
それでも、ぽつり、ぽつりと民家があり、バス停もある。
だがほかにはなんもない。自販機もない。
ガソリン入れといてよかった (*´∀`*)
勘定山が1334メートル、となりの牛地山(またヤフーの地図が間違っているわけだが)は1460メートルだ。
車を止めて谷をのぞくと、お魚さんいた (*´∀`*)
うまく写真取れませんでしたよハゲ
山はもうこんな感じ。
そんな山奥でも、
自転車の高校生のおにゃのこも走っている。
郵便やさんも走っている。
こんな山奥まで、そしてきっと郵便やさんは、さっきの吊り橋みたいなのもシャキシャキ渡って、
山のてっぺんのほうの一軒の民家までお手紙をもりもり運ぶんだろう。
♪大変な職についたね
♪偉いね
13:30 高知バイバイ
さて、谷をさかのぼっていくと、別府に着く。別府温泉郷だ。
ここから別府峡谷に分け入って行くのも楽しかろう。
温泉に入ってお泊りも楽しそうだ。
うはー 明日の宿さえ予約していなければ絶対泊まってたね
ごめんねごめんね でも明日は足摺岬に泊まるの。
で、今は高知から山越えて徳島に入ろうとしているわけで、このあと香川行って愛媛回ってから高知の足摺岬だ。
どんな計画だよwwwww
「四足峠」って、なんとなーーーーくホラーな逸話の存在を感じさせるネーミングだ。
トネルの中は暗い。
ぐぐったらこんなことが書いてあった。
四ツ足峠トンネル 昭和39年12月開通時道路トンネルの長さとしては四国一で全国4番目世界でも10番目。 国道195号線は昭和28年に2級国道指定をされたものの物部村(当時槇山村)では岡ノ内までしか車両通行不可であった。 森林鉄道が別府手前まで通じていたが肝心の県境付近は徒歩3時間の獣道同然の歩道しかなかった。 しかし高知県側の寺田・宇田両代議士が「車道がある」と主張して国土地理院発行に無理矢理車道を書き込ませた挙げ句 「地図の通りにしないと利用者が間違って困るから早くその通りにしろ@(`ω´)@」 とかなり滅茶苦茶な理屈をつけたそうである。 その後昭和31年に別府付近まで道路開通、徳島県側も木頭村北川まで道路が延びた。 昭和31年夏にトンネル建設促進を訴えるため原徳島県知事ほか徳島県庁関係者が北川から徒歩で峠越えをし高知県庁まで出向く。 翌32年には逆に溝渕高知県知事ほか関係者一行が峠越えをして徳島県庁へ出向くアピールを行った。 こういったパフォーマンスや陳情もあり昭和32年10月に基本計画が建設省で認可された。 当初は取付道路を公共事業費で負担、トンネルは道路公団が建設、 つまり有料道路として建設するはずであった。 ところが昭和36年トンネル以外の道路が完成しつつあった時に自治省からクレームがついた。 1.道路公団の事業に県が負担金を出して財政を圧迫するのはおかしい。 2.僻地を開発するのに有料トンネルではかえって発展を妨げる の2点で、結局すったもんだの挙げ句トンネルも公共事業で着工に決定。 建設費見込み5億円が実際には6億1500万円であった。 |
実際、高知から徳島へ行こうと思ったら、ぐりっと室戸岬を回るか、ぐるっと
北へ回るかしないとならなくて、
ほぼダイレクトに行き来するにはこの国道195号だ。
道民の感覚で言うとだな、石北峠みたいなもんかな。ウン。
旭川から網走行くのに、昔は南下して狩勝峠越えて帯広からぐるっと釧路経由で行くか、
さもなくば白滝村の山ん中をヒグマに食われる覚悟で行くか、
だったのを大雪山ぶち抜いて石北峠できました、みたいな。
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